黒澤明「影武者」を観て。

たぶんこれで3回目だろう、「影武者」を観たのは。いい加減レビューを書かなければならないと思いMacの前にいる。ネタバレになるので短めに。

公開は1980年。公開当時から賛否両論のある黒澤映画だ。賛否両論とは書いたが公開から今に至るまでどちらかと言うと否の方が多いかもしれない。黒澤作品としては異質で馴染めない人も多いと思う。しかし、この作品は素晴らしい。

まず前提としてこの作品は「崩壊と喪失」の物語であり、黒澤作品の多くのテーマであるヒューマニズムを描く物語ではない。また感情移入するような物語でもない。盗人が影武者になる成長物語でもない。「崩壊と喪失」と書いたが、これは劇中の武田家と影武者=盗人両方に当てはまる。武田家は信玄が死に徐々に崩壊の道を辿る。一方で盗人は影武者になることで自己を喪失し最後は自己が崩壊する。

映画の冒頭で信玄・信玄の弟・盗人の3人で話をしている長回しのカットがあるのだが、信玄だけには大きな影があるのに残りの2人には影がない。本物には影があり偽物には影がないのだ。いやもしかしたら影は信玄の死を暗示していたのかもしれない。

最終的に戦に敗れ崩壊する武田家のシーンでは曇天か夜といった暗い場面が多く、反対に戦に勝利する信長のシーンでは明るい場面が多いのも物語の結末を暗示するものかもしれない。

盗人は幸せだったのだろうか。信玄という影を背負い自己は押さえつけなくてはならなかった。演じていたはずの影武者の役はいつしか自己となり、影武者であることをやめてからも信玄という影が付きまとい最後は自分が誰だかさえも分からなくなる。これは現代社会にも言えることなのではないか。自己を押し殺し生きていくうちに自分というものがだんだんと失われていく。


この映画の物語は残酷だ。救いはない。

だが前に進むしかないのだ。

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